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Column | 「 贅沢なクラシック」

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bespoke classic
六義RIKUGHI

「贅沢なクラシック」

 

私が愛しているのは「贅沢なクラシック」です、

この「贅沢な」というところがやっかいなところです、

「贅沢」というこの2文字のせいで、アトリエチームは限りない手間を強いられ、
実は私自身も忙しくさせられています、



「贅沢なクラシック」



「六義流 モーニングカット」

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六義のシグネチャーである独特のクラシックトラウザーズは、私自身の「Bespoke遍歴」の果てに出来あがったものです、



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これはクラシックでも、今では知る人の少ない古式なものでまともなテーラーが存在していた古でもごく贅沢な顧客のためだけにつくられていたものです、かつ遍歴の果てに着易く、美しいプロポーションをつくるために革新され、或る意味ではるかにスノッブなものになっていると思います、


このトラウザーズを仕立てるためには、かなりの手間と技術、そして通常のものとは180度異なるアプローチが必要になってきます、そして、このトラウザーズは丁寧で我儘な「仮縫い」と密接に繋がって存在しています、


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トラウザーズのスタイリングでは、上着とのつながりとともに、六義では「裾の納め方」にかなり気を使います、街で見かけるトラウザーズの裾は大概もたついているか、前と後のバランスがとれていないように思えます、

東京に戻ってきて日本の職人さんと話したとき気になったのも「トラウザーズのスタイリング」という概念が希薄なことでした、

スタイリングごとに裾の設計は違ってきますが(上下の写真のトラウザーズの裾を見比べてもらっても「違う」のがわかると思います)、美しいプロポーションを描こうとすると当然、トラウザーズの前側と後側の距離は違ってきて、裾は強い角度で斜めに仕立てられます、

この斜めに仕立てられた裾をテーラーたちは「モーニングカット」と呼んでいます、


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六義の「モーニングカット」は、より美しいラインを描くために、良く見ると直線ではなく、「うねり」を描いています、これは全体のスタイリングを美しく完結させ、また綺麗に靴に乗せるために前から回って後の踵あたりへ曲線を計算しながら包み込むように仕立てられるからです、これは、仮縫いのときにはかなりの集中力と仕立てる際にもかなりの手間が必要です、


良く見ると、裾の踵にあたるところも内側に包み込むように曲げられているのが分かると思います、トラウザーズの裾自体も平面では分かりませんが内側に巻き込むように意識して縫われています、



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このトラウザーズの前と後で極端に長さの違いのある裾は、単に生地を折り返すだけの「ダブル」では角度に限界があり、適いません、

だから、私が若い頃につきあっていたテーラーは、特に指定しない限り必ず「シングル」で裾を仕上げていたものです、

書物によると、古では「ダブル」の裾は着る本人が自らの手で折り返していたといわれます(私の時代にはそういう人を見かけたことはありませんが、、、)、それがモーニングカットにされたトラウザーズを田舎などで泥よけのために折り返したのか、或いは折り返しすことを前提にして仕立てられたのかは今となっては分かりませんが、、、

六義のトラウザーズは、この精緻な「モーニングカット」で仕立てられ、かつ裾のアクセントをつけるために、生地を折り返すのではなく別にターンアップをひとつづつ手作りをし「後付け」にしています、独特の意匠ですが、これは理に適ったものでもあるのです、


この「ハーフターンアップ」は、スポーツトラウザーズの場合は古式にのっとり、後側につけられます、(タウンスーツのトラウザーズと「スポーツトラウザーズ」では細かく仕様が違います、)、




「贅沢なクラシック」

「贅沢なクラシック」というのは、
言葉を尽くせば物質的なだけでなく、精神的にも「豊かな生活」を与えてくれるもの、
と云えば良いのでしょうか、


事実、私は「装い」は「生活」に影響を及ぼすと真面目に考えています、



「贅沢なクラシック」


「六義流 仮縫い」

 クラシックスーツは「正しいスタイル(Correct Style)」であるべきで、テーラーはそのスタイルについての深い知識があるべきです、しかし、それはいわば当然のことで、「クラシック」の本質はその人を美しく、より良く見せることにあります、突き詰めれば、表面的な「イタリア風」とか「イギリス風」などというのは意味がないと実は私は思っています、第一「スタイルの知識」といっても、本当のそれは深く「生活」に根ざしているものです、

その人らしいエレガンスを引き出す、、、エレガンスの本質は「立ち居振る舞い」です、プロポーションだけでなくデイテイールの美しさも「動き」を伴うなかでふと現れるべきものです、

六義の「仮縫い」が「二部構成」になっているのもこうした理由にあります、これも、私の遍歴での「不満」に根ざしています、




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多分、多くの人は初めての「仮縫い」には「不安」を感じるのではないでしょうか、服に思い入れがあるほど、「装い」を愛しているほどそうだと私は思っています、

果たして、自分の思いは「正確」に伝わっているのか、このテーラーは自分の好みのように仕立ててくれるのか、或いは自分が考えていることは、かえって知識不足でテーラーをミスリードしていないか、、、などなど、素晴らしい一着を望んでいるからこそ「不安」はつのっていくはずです、


これは当然です、正直に云って、私もそうでした、いま思えば(個人的経験に基づくものですが)、ヨーロッパのテーラーの仮縫いは割と簡易で、下手をすると片袖しかつけていなかったりします、技術的には問題がないとしても、これでは本人が仕上がりをイメージするのは難しい、、、


上手いテーラーほど仮縫い服も綺麗だと思いますが、仮縫いで「出る線」と本縫いでしか「出せない線」というのもあります、たとえ経験を重ね仮縫いに「慣れた」としても「シロウト」にとっては多くの場合、いまだ「仮縫い」には少なからずブラックボックス的要素が残るのではないでしょうか、



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テーラーそれぞれが、自分のやり方で仮縫いを行っているともいえるし、根本的には、そうやり方に差はないとも云えます、


はっきり云えば、「このテーラーは違う」、「私の『不満』に答えてくれる」と思えるほどの独自な「仮縫いの考え」を持っているテーラーには私は出会えなかったように思えます、


つまり、いまだ「仮縫い」は未開の分野なんだと思います、これほど、各分野でステージ別の様々なアプローチが革新されようとしているのに、こと「仮縫い」の精度と「分かりやすさ」、或いは「愉しさ」については、いまだ全てを明らかにして再構築されようとはしていません、


しかし、文字通り「Bespoke」のbespokeといえる所以は、「仮縫い」にあるとも言えます、本縫いになってしまえば、これはテーラーの仕上がりを待つしかない、




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考えた末、アトリエでは私と職人、そしてクライアントの方との「3人」で仮縫いをとり行うことにしました、
仮縫い自体もアトリエの地下での「鏡の前での仮縫い」と、自然光の入る一階での「動きをみる仮縫い」の2部構成にしてみました、


そして、テーラーにおける「仮縫い」という「意味」をもう一度考えてみることにしました、

これから記すことは、もしかしたら通常の「テーラー」という「範疇」を越えたことかもしれません、ただ、「意味」というのを真摯に捉えると「そうならざる」を得なかったと思います、それは様々なテーラーでbespokeしていって、通常のテーラーに満足できなくなって六義というアトリエをつくったいう成り立ち自体によるものだとも思います、





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「六義」
中央区銀座一丁目21番9号
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by tailorrikughi | 2010-01-16 05:03 | 贅沢なクラシック